45歳。キャリアゼロ元駐在妻が、一家の大黒柱に…!?
第一話をまだ読んでいない方は、ぜひ先にこちらからご覧ください。

ある日、主人が言いました。
「もう疲れてしまった。
日本に本帰国するタイミングで、会社を辞めたい」
その言葉に、私は大きなショックを受けました。
“ガラガラ、がっしゃん…”
お気楽な駐在妻だった私の背後で、
何かが音を立てて崩れた気がしました。
私は駐在期間の約13年間、
ずっと、
- 働きたいのに働けない
- 日々成長していないのに、年だけとっていく
- 私だけ居場所がなく、人生が進んでいない
そんな不満ばかり抱えていました。
でもその一方で、海外で13年以上、激務を続けてきた主人が、
そこまで追い詰められていたことに気づいてあげられなかったのです。
今度は、私が働く番だ
その後、何ヶ月も悩みました。
そして、こう最終的に悩み疲れた頃、
こう思うようになりました。
「主人は長い間、家族のために頑張ってくれた。
今度は私が働く番だ」
でも現実は甘くありません。
- 45歳
- 13年間駐在妻でキャリアなし
- 特技も資格もない
”働きたくても働けない”とずっと不満だったけど
いきなり一家の大黒柱は重すぎる…
決意はしたものの、
・自分に何ができるのか
・これから家族はどうなるのか
不安しかありませんでした。
インターナショナルスクールは、憧れの世界だった
その日から遡ること数年前。
“働きたくても働けない”駐在妻だった私の
最大の目標は、
息子をインターナショナルスクールに通わせること。
それは、かつての私自身の夢でもありました。
インターナショナルスクールは、
学生時代の私が
ずっと憧れていながら
叶わなかった世界。
でも現実は、簡単ではありません。
タイには星の数ほど学校があり、
ネットの情報だけでは
「どこが我が子に合うのか分からない」
確信が持てないまま1校を選ぶには、
・金額的な負担
・子どもへの負担
どちらも我が家には大きすぎました。
主人の意見もあり、
タイ赴任のタイミングで息子は一度、日本人学校へ。
主人はこう言いました。
「我が家の経済状況を考えたら、インターナショナルスクールは贅沢。
英語は、本人がやりたいと思った時に自分で頑張ってもらうしかない。
それより僕たちの老後資金を貯める方が大事」
私は心の中で鼻息荒く叫びました!
「なにおオー!?
私たちの老後より、今は息子の教育でしょ!!」
…でも冷静に考えると、
その時すでに私たちは40代。しかも、中盤。なんなら主人は後半。
老後は、決して遠い未来ではありませんでした(苦笑)
それでも、諦めきれなかった
「いつか主人と息子からOKが出た時のために、
今のうちにベストな学校を見つけておこう」
それでも、私は諦めきれませんでした。
「いつかOKが出た時のために、
息子にとってベストな学校を見つけておこう」
そう決意し、
気になる学校は片っ端から訪問。
見学では、学校が驚くほどの質問攻め。
ノートが真っ黒になるほど、
とにかくメモを取り続けました。
訪問するたびに、ワクワク。ドキドキ。キラキラ。
学生時代の憧れの場所に自分がいることが嬉しく、
胸が高鳴ります。
私はすぐに夢中になりました!
「もうッ、私が今すぐ通いたい!」
そんな気持ちになるほどでした(笑)
そこにいる子どもたちはキラキラして見えて、
本当に本当に羨ましかった。
止まっていた人生が、動き出した
そして――
主人に「会社を辞めたい」と言われたその日から、
私はその情報をブログにまとめ始めました。
「誰かの役に立てたらいいな」
それと同時に、
不安に押しつぶされるくらいなら
とにかく何かやっていたかった。
いつか何らかの形でお仕事につながれば良いな
とも思いました。
毎朝――
息子を6時半に見送り、
そのまま近所のスターバックスへ。
パソコンも触ったことがなかった私が、
一からサイトを作る日々。
当時はChatGPTもなく、すべて手探り。
インフルエンサーさんのブログを見ては、
「これ、どうやるの?」
と1つずつYouTubeで調べてました。
パソコンが大の苦手な私。
試行錯誤を繰り返し、
形になるまで苦節約2年(苦笑)
今ならAIで一瞬ですね。
それでも――
「やることがある毎日」が
とても嬉しかったのです。
朝起きて、
「今日もやることがある」
そう思えることが、
当時の私にとっては何より大切でした。
不安ばかり考える毎日に、
心がかなり疲れていたのもあります。
止まっていた人生が、
少しずつ動き出していく感覚がありました。
サイト作りに没頭する時間は、
私にとって大きな救いでした。
ただ時々、こんな思いもよぎります。
「こんなに時間をかけて意味あるのかな…
これが仕事になる日なんて来るのかな…」
それでも続けられたのは、時間を持て余したのもありますが、
“好き”という気持ちが大きかったからだと思います。
そして、息子は夢のインターナショナルスクールへ
主人と何度も話し合い、
- 経済面
- 子どもの負担
- 通学環境
- 将来性
すべてを考えた上で、私たちにとって最適な学校を見つけました。
そして息子は、念願のインターナショナルスクールへ入学。
私は本当に嬉しく、息子が楽しそうに通う姿に心から安心しました。
……しかし、その喜びも束の間でした。
1年後、再び人生が揺れる
息子が学校に慣れ、「これから!」というタイミングで――
激務に疲れた主人が、とうとう日本への本帰国を会社に申し出ました。
私はとてもとても複雑で気持ちがグルグルしました。
念願のインターナショナルスクールに通い始めた息子の教育は残念
でも、主人の健康やメンタル面は心配。主人の幸せも大切。
これからどうなるのかな?家族の生活は不安
整理しきれないまま、16年ぶりに日本へ帰国しました。
そして、私は動き出した
このタイミングで決めました。
「不安を考えても仕方ない。
できることを、ひとつずつやるしかない」
いきなり法人を設立し、この仕事を本格スタート。
まさか自分が教育エージェントになる日が来るなんて、思ってもいませんでした。
少しだけ、自分語り
若い頃は、
「努力しなきゃ」「頑張らなきゃ」と、
いつも自分を追い詰めていました。
でも今回は、
“好き”
“楽しい”
“嬉しい”
そんな穏やかな気持ちを少しずつ積み重ねて、
気がつけば、ここまで来ていた――
そんな感覚です。
そして、
「とりあえずやってみよう。失うものはないし。」
そう思って、2年間もの準備期間を持てたのは、
その間ずっと家族のために働き続けてくれた、
主人のおかげでもあります。
最後までお読みいただき、
本当にありがとうございます。
読んでくださった皆さまが、
素敵なインターナショナルスクールとご縁でつながり、
充実したタイ生活を送れますように。
心から応援しております。
最後まで読んでくださった皆さまへ
本当にありがとうございます。
皆さまが素敵なインターナショナルスクールと出会い、充実したタイ生活を送れますよう、心より応援しております。
次回、第三話へ続きます。
一年目は、本当にわからないことだらけ。
あっちにドッカン、こっちにドッカン。
毎日、ボブスレーに乗って振り回されているような気分でした💦
気づけば激痩せしていたよ!
…そんなドタバタな一年目のお話です(笑)




